生命保険及び年金 / Life Insurance and Annuity

保険の歴史、生命保険と損害保険 人々が災害や様々な事故が発生してしまいそうなときに経済的に損害に備えて危険を回避するために、予め一定の金銭を共同で保険というシステムで積立ておきます。その後、事故にあった人に損害を補償してあげるように一定の金額を支払う制度となります。保険者(保険会社)とは、保険業法に従って政府の許可を得て保険事業を営む会社であり、その営業許可を所得する種目により生命保険会社と損害保険会社に分類されます。 日本の保険は「生命保険」と「損害保険」に分けられており、生命保険は「人の生死を保険事故」として扱い、損害保険は「人の生死以外(物の損害)を保険事故」として扱う保険のことをさします。保険金も「生命保険は定額の保険金を支払う」のに対し、「損害保険は損害を填補する分の保険金を支払う」という違いがあります。 今も昔も人の命が尽きる時期は予測不可能なため、あらゆる場面や生活で一定の制約を受けてきましたが、保険の歴史はそういう意味で人類の歴史と共に歩んできたと言っても大言壮語ではなく、歴史は古くから存在しています。紀元前3000年現代のイラク南部バビロニアには「陸上冒険貸借」と言われる保険と類似した交易がありました。船主や貨物主が船舶などに抵当をつけ貸金業者から資金を借りたのち、航海中に事故が発生し被害を受ければ返済義務が免責される上に、無事に航海が終了した場合には元利に高率の利子をたしてくれる制度でありました。現代の損害保険と性質が類似しているといえます。 生命保険も長い歴史を持っています。13~14世紀ごろヨーロッパでは構成員の死亡による経済的損失を共同で救済する「ギルド(Guild)」という制度がありました。 一方、日本でも鎌倉時代の「無尽(むじん)」や室町時代の「頼母子講(たのもしこう)」と呼ばれる、「相互扶助」の仕組みもありました。「拗銀(なげがね)」といった、「陸上冒険貸借」に相当するような仕組みももっていました。 では、日本では、近代的な保険制度はいつ始まったのでしょうか。 日本にはじめて近代的な保険制度を採用したのは福沢諭吉といわれています。1867年に著書の「西洋旅案内」において「人の生涯を請合うこと」として生命保険を紹介しています。その後明治時代の財界人によって多数の保険会社が設立され、日本生命や東京海上といった生命保険会社や損害保険会社が営業を継続しています。 日本の会社の名称は、生命保険会社は「○○生命保険」となっていますが、損害保険会社は、海上保険か損害保険かのどちらの業務を主にしていたかによって「○○海上火災保険」か「○○火災海上保険」の2種類があります。